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宮司さんとの出逢い!

「真田まつりの始まりは日本一之兵化計画から!」
からの続き!

2010年(平成22年)10月
当時は大阪城甲冑隊に所属していて
その時、地元真田山が真田幸村の聖地という事もあり
真田丸情報を集めるという使命を受けていた。
そして近所の人に「真田に詳しい人知りませんかね~」等と聞いて回っていた所
元会長さんで今は陸軍墓地の管理をしている人が詳しいよという事を教えてもらう。
そして元会長さんに会うともっと詳しい人がいるという事で
三光神社の宮司さんを紹介してもらい
そして私と宮司さんの馴れ初めと相成りました。
その時初めて会った宮司さんの言葉が今も忘れられない。
「昔は桜が綺麗でここで一度桜まつりをしたことがある。
その時は長野県の上田からも人が来たり地元自治会や議員さんもいた。
大阪城にも練り歩いて行った。
あの真田の抜け穴前にある真田幸村像もその時寄贈された記念のもの。
しかし多くの人が来たのはいいが
近所にゴミとかが散乱したりで地元からのクレームなどもあり
このイベントは続くことはなかったとの事。
しかしその時の光景は今まで見たことがない盛り上がりで
その時の記憶が今も懐かしい。」
閑散とした神社を見ながらポツリポツリと語る宮司さんの言葉。
胸に刺さりました。
そしてあの頃の活気ある神社を今一度見たい。
そしてあの時のように今一度大阪城に行きたい。
それがワシの切な願いとも言っていた宮司さん。
実際問題お金はないしそんな事もしてくれる人もいないし
儚い夢物語といった状況の三光神社。
それが初めて行った時の三光神社でしたね。
なので今でもよく覚えています。

「宮司さん!微力ですけど力になります。」 って言ったのを。

この時の出会いがこの言葉が今思えば真田まつりの原点だったと思います。
もし三光神社真田まつりが伝説の祭りと言われる時が来るとしたら
それはこの瞬間がすべての始まりだったと思います。
いつか宮司さんも私も土に還る時が来るでしょう。
しかしこの時の思いを後世に残せるよう
何故真田まつりが生まれたのかという理由を書き記しておきたい。
いつか私たちの意志を引継ぎし者たちの為に。。。

 続きはこちら!
 「疾風怒濤の戦勝式決定!」

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「日本一之兵化計画」

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「真田山ブランドってな~に?」

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